半知録

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『日知録』易篇訳「朱子周易本義」⑦

【要旨】

科挙の受験生たちは大義を理解せず暗誦するばかり、その出題は伝を主として経を客とし、射覆のような有様となっている現状を、五経は亡んでしまったと嘆く。

 

【原文】

秦以焚書而五經亡、本朝以取士而五經亡。今之爲科擧之學者、大率皆帖括熟爛之言、不能通知大義者也。而易春秋尤爲繆盭。以彖伝合大象、以大象合爻、以爻合小象、二必臣、五必君、陰卦必云小人、陽卦必云君子、於是此一經者爲拾瀋之書、而『易』亡矣。取胡氏傳一句兩句爲旨、而以經事之相類者合以爲題、傳爲主、經爲客、有以彼經證此經之題、有用彼經而隱此經之題、於是此一經者爲射覆之書、而『春秋』亡矣。【天順三年九月甲辰、浙江溫州府永嘉縣儒學教諭雍懋言「比者浙江郷試春秋摘一十六段配作一題、頭緒太多。及所鏤程文、乃太簡略而不統貫。且春秋爲經、屬詞比事、變例無窮。考官出題、往往棄經任傳、甚至參以己意、名雖經題、實則射覆。乞敕禁止」。上從之。】復程・朱之書以存『易』、【當各自爲本。】備三傳・啖・趙諸家之説以存『春秋』、必有待於後之興文敎者。

 

 【日本語訳】

 秦では焚書でもって五経が亡び、本朝では科挙でもって五経が亡んだ。今の科挙を受験しようとする書生たちは、だいたい紋切り型の文句を記誦するだけで、大義を理解できていない者ばかりである。『易』と『春秋』がとりわけひどい。彖伝を大象とくっつけ、大象を爻とくっつけ、爻を小象とくっつけ、二爻は必ず臣を表し、五爻は必ず君を表す、陰卦は必ず小人のことを言い、陽卦は必ず君子のことを言うとするに及んで、この一経はもうとりかえしもつかない書となってしまい、『易』は亡んでしまった。胡氏の伝の一句両句を取って〔『春秋』の〕要旨だとし、経事で類似している物事を一つまとめて問題となせば、伝を主として、経を客とし、あの経文をこの経文で証明させようとする問題、あの経文を用いてこの経文を隠した問題が出されるに及んで、この一経は隠れた物事を言い当てる書になりさがり、『春秋』は亡んでしまった。【天順三年九月甲辰、浙江温州府永嘉県の儒学教諭であった雍懋は、「近頃の浙江の郷試では、『春秋』の中から十六段を摘みとって配列し一題を作っており、〔問題の中に〕解答の糸口になるようなものがとても多い有り様です。刊刻された模範解答に及んでは、はなはだ簡略で系統立てて書かれていません。さらに『春秋』は経であり、『春秋』に記録された事柄と記録法とを集めて比較して、込められた「春秋の義」を明らかにしようとしても、特例が無数に存在しています。考官の出題には、往々にして経を棄てて伝に任せ、甚だしきは自分の考えを加えています。名は経題とされているのにも関わらず、実体は隠れた中身を言い当てる占卜のようなものとなっています。このことを禁止する勅令を出されますようお願い致します」と上奏した。帝はこれに従った。】程・朱の書に則って『易』が存し、【〔程氏の伝と朱熹の『本義』は〕別々に一書でなければならない。】三伝(公羊伝・穀梁伝・左氏伝)・啖助・趙匡の諸家の説を備えて『春秋』が存する〔ように伝があって経が存在する倒錯した〕状態であり、後世の文教を復興させようとする者を待つ必要があろう。

 

【解説】

 顧炎武は、科挙に対しかなり批判的で、この他にも『日知録』には科挙の弊害を説いたところが所々見える。 

 「二爻は必ず臣を表し、五爻は必ず君を表す、陰卦は必ず小人のことを言い、陽卦は必ず君子のことを言うとする」のは、おそらく朱熹の説を念頭に置いているのだろう。『周易本義』巻末上「述旨」に「二臣五君」とあり、繋辞伝「陽一君而二民、君子之道也。陰二君而一民、小人之道也」に対する『本義』に「震・坎・艮爲陽卦、皆一陽二陰。巽・離・兌爲陰卦、皆一陰二陽」とある。