半知録

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『日知録』易篇訳「上九弗損益之」

上九弗損益之

〔要旨〕

君子が適切な方策を行えば、なにも失うこともなく民の生活を厚くすることができる。損上九爻辞の「損せずして之を益す」とはそのことを言ったものである。

 

〔原文〕

有天下而欲厚民之生、正民之德、豈必自損以益人哉。不違農時、榖不可勝食也。數罟不入洿池、魚鼈不可勝食也。斧斤以時入山林、材木不可勝用也。所謂弗損益之者也。「皇建其有極、斂時五福、用敷錫厥庶民」。詩曰、「奏格無言、時靡有争」。是故、君子不賞而民勸、不怒而民威於鈇鉞、所謂弗損、益之者也。以天下爲一家、中國爲一人、其道在是矣。

 

 

〔日本語訳〕

天下を保有して民の生活を厚くし、民の徳を正そうとしたいのなら、どうしてみずから損をして人に利益をもたらす必要があるだろうか。農繁期に邪魔しなければ、穀物は食べきらぬほどできる。目の細かい網を沼や池で魚を捕るのに使わせなければ、魚やすっぽんは食べきれないほどになる。木を伐りだす適当な時期に山林に入れば、材木は使いきれないほどになる。これが、いわゆる「損をしないで、これを益す」ということだ。また、〔『尚書』洪範に〕「王が準則を立て、五福を集めて、その庶民に敷き与える」とあり、〔『詩経』に〕「神前に進み至って言葉を発す者はなく、争い騒ぐ者もいない」と言う。そうであるから、君子が賞せずとも民は励み、怒らなくとも人民は斧やまさかりよりも恐れる。これも、いわゆる「損をしないで、これを益す」ことである。天下を一つの家とみなし、中国を一人とみなす、君主の道はこの「損をしないで、これを益す」ということにある。