半知録

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劉宋時代の囲碁の名人褚胤

宋書』羊玄保伝

呉郡褚胤、年七歲、入高品。及長、冠絶当時。胤父栄期与臧質同逆、胤応従誅、何尚之請曰、「胤弈棋之妙、超古冠今。魏犨犯令、以才獲免。父戮子宥、其例甚多。特乞与其微命、使異術不絶。」不許。時人痛惜之。

呉郡の褚胤は、年七歳にして、高位に入った。長ずるに及んで、(囲碁の実力は)当時で飛び抜けてすぐれていた。胤の父の栄期と臧質は同時に反逆を起こし、胤も誅に服さなければならなくなった。何尚之は、「胤の囲碁の妙は、古今に超絶します。魏犨は令を犯しましたが、その才能をもって免ぜられました。父は刑戮されても子は寛宥された例は、はなはだ多いことであります。とりわけ(褚胤に)幾ばくかの命をお与えくださり、その異術を絶たないようにさせてくださいませ」と懇願した。しかし許されなかった。時の人はこれを痛惜した。

 

 以上は、劉宋の時代に褚胤という囲碁の名人がいたという話です。それほど面白い話でもなく、普通ならそうなのかと何ら気に止めそうもない記述です。しかし、これを読んでいるときに、ふと「棋魂」のことを思い出しました。

 「棋魂」とは、ほったゆみ原作の囲碁漫画「ヒカルの碁」を中国でドラマ化した作品です。「棋魂」では、場所を中国に移し、主人公の進藤ヒカルは「时光」、緒方精次は「方绪」というように、原作を尊重しつつ中国風の名前に変えています。そして、「神の一手」を求めて進藤ヒカルに憑依した平安時代の天才棋士藤原佐為は、「棋魂」では、時代は梁の武帝、名前は「褚嬴」に変更されています。梁の武帝囲碁好きで有名で、ローカライズするにあたってふさわしい時代だなと思いました。しかし、「褚嬴」という名前は聞きなれず、そういう人がいたのかなというふうにぼんやり思っていました。

 そんなときに出会ったのが、上に挙げた文です。劉宋の囲碁の名人であった褚胤と「棋魂」の「褚嬴」と名前が似ているなとピンときました。「褚嬴」について調べてみると、実在した人物ではなく、創作された名前のようです。しかし、その名前にも必ず踏まえたところがあるはずで、それが褚胤であったのではないでしょうか。「褚嬴」は梁の武帝の人という設定で、劉宋の文帝の人である褚胤と時代が異なるため、そのままではなく名前を少し変えたのだと思います。しかも「嬴」と「胤」の発音は、近いと言えば近いです。

 さて「棋魂」は、その一話目は当時の中国の世相が現れていて興味深く、このドラマは大丈夫かなと不安になるのですが、二話目以降は原作に準拠しつつ話が展開されているので十分楽しめます。興味がある人は、是非「棋魂」を見てみてください。