半知録

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『日知録』易篇訳「師出以律」

師出以律 〔要旨〕 師の初九爻辞「師出以律」の「律」とは、殷の湯王や周の武王のような仁義を心構えとし、斉の桓公や晋の文公のような節制を用途とする意味である。『易』の卦辞で言う「貞(正しさ)」に相当する。 〔原文〕 以湯・武之仁義為心、以桓・文…

『日知録』易篇訳「九二君徳」

九二君徳 〔要旨〕 乾の九二が、臣下の位にも関わらず、君徳があるとされるのは、人臣は、まず人君となる徳を保持して、そうして理想的な君主となりえるからである。 〔原文〕 爲人臣者、必先具有人君之德、而後可以堯・舜其君、故伊尹之言曰、「惟尹躬暨湯…

『日知録』易篇訳「六爻言位」

六爻言位 〔要旨〕 易伝にみえる「位」には、二つの意義がある。一つは人の貴賎の位、もう一つは六爻の位置を表す位である。「位」を一つの意義で解釈しようとしても、牽強付会に陥るだけである。言葉は一つの事柄だけを表すというわけではなく、それぞれに…

『日知録』易篇訳「互體」

互體 〔要旨〕 互体説は、二爻より四爻に至るまで、あるいは三爻より五爻に至るまでで一卦をなす説である。それは、すでに『春秋左氏伝』にみえている。しかし、孔子は互体説について言及しておらず、後人が互体説の根拠として繋辞伝の「雑物撰徳」や「二与…

『日知録』易篇訳「卦變」

卦變 〔要旨〕 卦変説は、孔子に始まるわけではなく、周公の爻辞にすでにみえている。卦変説は、乾・坤からの変化を基礎とするのであり、十二消息卦の変化に拠るのではない。 〔原文〕 卦變之説、不始於孔子、周公繫損之六三已言之矣、曰、「三人行則損一人…

『日知録』易篇訳「卦爻外無別象」

卦爻外無別象 〔要旨〕 文王と周公は、卦の形象がもつ意義を観察して占辞を書き足した。孔子は伝を作ったが、決して一象も増設しなかった。しかし、荀爽・虞翻の徒が、本来の卦象の他に新たな象を生み出し、『易』の大旨を乱した。王弼がそうした余計なもの…

『日知録』易篇訳「朱子周易本義」⑦

【要旨】 科挙の受験生たちは大義を理解せず暗誦するばかり、その出題は伝を主として経を客とし、射覆のような有様となっている現状を、五経は亡んでしまったと嘆く。 【原文】 秦以焚書而五經亡、本朝以取士而五經亡。今之爲科擧之學者、大率皆帖括熟爛之言…

『日知録』易篇訳「朱子周易本義」⑥

【要旨】 象伝に「亦」とあるのは、上文の伝を承けたのだとする説を論じる。 【原文】 程『傳』雖用輔嗣本、亦言其非古易。咸九三「其股、亦不處也」、傳曰、「云『亦』者、蓋象辭本不與易相比、自作一處、故諸爻之象辭意有相續者。此言亦者、承上爻辭也」。…

『日知録』易篇訳「朱子周易本義」⑤

【要旨】 経と伝とが渾然一体となる過程を論じ、今の『易』の乾卦の構成が費直が雑えた形で、坤卦以下の構成が鄭玄が連ねた形だと推す。 【原文】 朱子「記嵩山晁氏卦爻彖象説」謂「古經始變於費氏、而卒大亂於王弼」、此據孔氏『正義』曰、「夫子所作象辭、…

『日知録』易篇訳「朱子周易本義」④

【要旨】 『周易伝義大全』の程頤の『易伝』を除き去り、朱熹の『本義』を 残した本が現れた。しかし、朱熹が定めた古形がまた錯乱した状態に戻った。それら本が用いられ、朱熹が定めた古文『易』の形が世に行われていない現状を嘆く。 【原文】 而『大全』…

『日知録』易篇訳「朱子周易本義」③

【要旨】 『周易伝義大全』の朱熹の『本義』との異動、程頤の『易伝』の影響を論じる。後世の人士は、専ら『本義』で学び、程頤の『易伝』を嫌った。 【原文】 「彖即文王所繫之辭傳者、孔子所以釋經之辭也。後凡言伝放此」、此乃彖上傳條下義。今乃削「彖上…

『日知録』易篇訳「朱子周易本義」②

【要旨】 費直・鄭玄・王弼によって、伝が経の卦爻の下に附されるようになり、乱されてしまった。程頤の『周易程氏伝』ではこの形によったが、朱熹の『周易本義』に至って古形に帰った。しかし、明朝の『易経大全』では、『周易本義』の巻次が切り離され、朱…

『日知録』易篇訳「朱子周易本義」①

朱子周易本義 【要旨】 『周易』は、伏羲が八卦を画き、文王が卦辞を作り、周公が爻辞を作ることにより、上下経二篇となった。孔子は十翼を作った。前漢では、経と伝は別に行われていたが、後漢に至って、合せられて一書となった。 【原文】 『周易』自伏羲…

『日知録』易篇訳「重卦不始文王」

重卦不始文王 【要旨】 夏と殷の占筮書である『連山』『帰蔵』には、『周易』と同様に、八卦そしてそれを重ねた六十四卦があった。文王が初めて八卦を重ねて六十四卦としたわけではない。 【原文】 大卜掌三易之法、其經卦皆八、其別皆六十有四。攷之『左伝…

『日知録』易篇訳「三易」

凡例 一、底本は黄汝成『日知録集釈』(同治八年広州述古堂重刊本)とし、『集釈』は省いた。 二、本文は『原抄本日知録』(文史哲出版社、一九七〇年再販本)や原拠によって校訂する場合がある。諱字は原字に戻した。 三、原注は【 】によって区別した。 三…

漢代揲筮考(一)

中国古代の占い書である『易』は、蓍または筮竹といった長い棒を使って卦を導き出し占う。日本の易者は、和服を着て、利休帽をかぶり、机の旁に筒に入った複数の棒が置かれることによって表される。その棒こそ易占で使う筮竹を表している。その棒があること…

慶応大蔵『論語義疏』巻六について

『論語義疏』とは、中国南北朝時代、南朝の梁(502年 - 557年)において編纂された、『論語』の「義疏」(注釈書)である。中国では宋代以降に散佚したが、江戸時代の儒者根本遜志が日本伝来の旧鈔本を底本に刊行したものが清代に逆輸入された。その著者は梁…

顧野王『符瑞図』の構成

南朝の梁から陳にかけての人に顧野王(五一九年-五八一年)がいる。彼は、『玉篇』を編んだことでつとに有名である。そればかりではなく多数の書物を編纂しており、その中に『符瑞図』がある。『符瑞図』は、その名の通り、めでたいしるしである瑞祥につい…

ネットで『道蔵』

道教経典を集成したものに『道蔵』というものがあります。道教研究している人にとっては必需品ですね。 現存する『道蔵』は、明代に刊行された『正統道蔵』と『万暦続道蔵』を合わせたもので、その巻数なんと5485巻!洋装本では六十冊に収まっているようです…

『群書治要』についてーその③

hirodaichutetu.hatenablog.com hirodaichutetu.hatenablog.com かなり遅くなってしまいましたが、今回は「尾張本」の改変について具体的な例を挙げながらご紹介していきたいと思います(なお、各本の詳細については上引①②をご参照いただけますと、幸いです…

顔回の実直さ

孔子の高弟に顔回がいる。 顔回、字は子淵。そのことから顔淵とも呼ばれる。孔子より三十歳若かったという。 孔子に最も将来を嘱望されるも、孔子に先だって亡くなり、悲運な人物として知られている。孔子が顔回の死に際して、「噫、天 予を喪ぼせり。天 予…

蝶と蛾のはざま

・蝶と蛾の違いって何だろう? 蝶は綺麗で、蛾は汚い。 蝶は昼間に活動するが、蛾は夜に活動する。 蝶は羽を立てて止まるが、蛾は羽を広げて止まる 。等々。 しかし、分類学上、蝶と蛾は同じ鱗翅目で区別されない。 蝶と蛾を区分けしない言語だってある(フ…

『周易本義』と『原本周易本義』

『四庫全書』に『周易本義』と『原本周易本義』が一緒に収録されている。『周易本義』とは、朱熹の『易』に対する注釈書である。一見すると、『周易本義』と『原本周易本義』は、構成はやや異なるが、内容は同じようにみえる。しかし、構成が異なるだけで同…

『群書治要』についてー②

hirodaichutetu.hatenablog.com 今回は『群書治要』「尾張本」について略述して行きたいと思います。「尾張本」(或いは「天明版」)は天明7年(1787)に尾張で刊行された整版を指します。その刊行過程については、「尾張本」冒頭、天明七年林信敬「校正群書…

『群書治要』についてー①

『群書治要』とは唐初、唐太宗の勅命により魏徴らによって編纂された、全五十巻の「類書」*1である。『唐会要』によれば太宗が前代の諸王の得失を通覧せんがために、「六経」より「諸子」に渉ってそれらの事跡を蒐集させたものであると。つまり経・史・子の…

王引之は『秘冊彙函』を使っていた

王引之は、『秘冊彙函』を使っていた!だからどうしたと言われればそれまでですが、ちょっとした小話として聞いてください。 王引之(1766年-1834年)の著作に『経義述聞』があります。この本は、父である王念孫から伝え聞いたことを踏まえ、経伝の字句の訓…

虞翻の生没年に対する疑義

虞翻という人物を知っている人は少なくないと思う。三国志などのゲームに登場するからである。しかも、そこそこ強い。虞翻は、呉の孫策・孫権に仕えた人物である。虞翻の生没年は、ゲーム内や辞書でも164年-233年とされる。しかし、『三国志』呉書・虞翻伝を…

十翼の形成

孔子が作ったとされる、『易』の解説書、十翼が如何に形成されたのかのという話である。 十翼とは、彖伝上・下、象伝上・下、繋辞伝上・下、文言伝、説卦伝、序卦伝、雑卦伝の七種類、十部分の伝のことである。とりわけ彖伝と象伝が上下に分かれているのは、…

野間文史先生の学問とその人ーその四(完)

hirodaichutetu.hatenablog.com hirodaichutetu.hatenablog.com hirodaichutetu.hatenablog.com これまで三回に渡って微力ながらも「野間文史先生の学問とその人」を追ってきた。出生から、高校時代の蒲鉾屋さんへの下宿、下宿先のお兄さんのすすめで広大中…

卦辞と爻辞―『易経』の占文の起源

『易』の経文は卦辞と爻辞で構成されている。では、卦辞・爻辞は如何にして形成されたのか。今回は、その話である。 卦辞は、一卦の意義を総論した占辞である。彖辞とも呼ばれる。「彖」は「断」の意で、一卦の義を断定するという含意があるとされる。これは…